2022/05/01 コラム
「磯の香り」の成分はナニ?
研究室の学生さんと一緒に実験研究を行っていた頃のお話しです。
一連の作業を終えてオートクレーブという滅菌装置で処理を済ませてフタを開けた瞬間、蒸気と一緒に部屋中に美味しそうな!?匂いが充満しました。
その実験へ初めて携わった学生さんは「海の匂いがする・・・いえ、違います。海苔佃煮の香りです!!」と叫んで不思議そうな顔をしていました。
その匂いのもとはジメチルスルフィド(DMS)という揮発性の硫黄化合物です。
種々の植物プランクトンや緑藻(緑色の海そう類)が産生する、ジメチルスルフォニオプロピオネート(DMSP)の分解によって生じた化合物です。
その当時、実験で使用した試料の中に相当量のDMSPが含まれており、オートクレーブによる熱処理後に分解したDMSが磯の香り、学生さんが思わず叫んで表現した「海苔佃煮の香り」を感じさせていたのです。
このDMSは大気中に含まれる有機硫黄のもとであり、地球で行われている硫黄循環の中心的な役割を演じる重要な物質でもあります。
また、食物連鎖は生物が硫黄を摂取するためである、という考え方もあります。
例えば、クジラは大きな口をあけて海水中の動物プランクトンを食べていますが、その動物プランクトンは藻類を摂取しています。
つまり、動物プランクトンは、藻類の産生するDMSPを利用しており、クジラは動物プランクトンを通じてDMSPを得ていることになります。
小さなサカナやエビ、カニが同様にプランクトンを摂取し、さらに大きなサカナがそれらをエサとして生きている事実をみると理解できます。
なぜ植物プランクトンがDMSPを産生するのか?については、植物プランクトンがDMSPの産生量を調節することによって、浸透圧の異なる海水域に適応するためである、と考えられています。
海の中を漂い、自分で行き先を決めることができない植物プランクトンにとって、浸透圧を調節するDMSPが生存するために、必須の物質と言えるかも知れません。
海辺や河口付近で「磯の香り」あるいは「海苔佃煮の香り」を感じたら、海水中の植物プランクトンや藻類が産生して放出したDMSPが分解されて、DMSを生じて大気中に放出されていることを思い出してください。
大気中へ放出されたDMSはやがて上空で雲につかまり、雨に含まれて大地に降り、湖や河川を経て再び海へと注いで、硫黄が循環しています。
このように、硫黄はすべての生物に必要な成分です。
ただし、藻類に含まれる硫黄化合物のヒトに対する効果の有無は明らかではありません。
おにぎりや巻き寿司、お好み焼きに欠かせない海苔(アオノリ)ですが、海藻やアオノリをたくさん食べると健康に良いという意味ではありません。
ぜひ、このホームページにある「健康食レシピ」を参考にして、からだに良い食事メニューを選んでください。
-ごま油香るチョレギサラダ-
https://www.fukka-hf-labo.com/recipe/detail.php?no=MTE0
【参考文献】
Maureen D.K., Wendy K. B.(1996). Physiological aspects of the production of dimethylsulfoniopropionate(DMSP) by Marine Phytoplankton. Biological and Environmental Chemistry of DMSP and Related Sulfonium Compounds. 131-142. Plenum Press.