2021/03/01 コラム
凍結含浸法をご存じですか
みなさんはスプーンですくえるタケノコとかスプーンで簡単に押しつぶせるニンジンをご覧になったことがありますか。
今から10年以上前、最初にその写真を見た時の強烈な衝撃を今でも覚えています。
これは広島県立総合技術研究所食品工業技術センターが開発した「凍結含浸法」という技術を利用して作られた軟化食材で、この方法を用いると、形状を保持したまま食材をやわらかくすることができます。
今では、やわらか食を製造する技術として実用化されています。
凍結含浸法の基本的な工程を簡単に説明します。
加熱等の前処理が必要な場合は処理後、-20℃程度の冷凍庫で凍らせて食材の内部に氷結晶を形成させます。
氷の形成によって、食材の組織が押し広げられます。
次に、凍結した食材を解凍すると、氷結晶が融解し組織に緩みが生じます。
この状態で、食材を導入したい酵素溶液等の中に入れ減圧処理します。一定時間減圧処理した後、常圧に戻す際に溶液中の酵素等が食材内部に導入されます。
これが凍結含浸です。
やわらか食材を作る場合には、次のステップとして一定時間酵素反応を行った後、加熱して酵素の失活を行います。
図1は、永井らの論文に記述された凍結含浸の方法1)に従って、我々の研究室で生タコを凍結含浸処理したものです。
1は蒸留水を、2は0.5%パパイン溶液をそれぞれ含浸しています。
パパインはタンパク質分解酵素であり、この酵素を凍結含浸法でタコの組織内に導入した後、一定時間反応させると組織をやわらかくすることができます。
図で明らかなようにパパインを含浸したものも形状は保っていますが、この実験では蒸留水を含浸したものに比較して硬さが6分の1程度になっていました。
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図1 凍結含浸処理した生タコ
1:蒸留水
2:0.5%パパイン
凍結含浸法を使用したやわらか食(以後、凍結含浸やわらか食と略す)を複数の食品企業が販売しています。
また、病院や介護施設でもこのやわらか食を提供しているところもあります。
藤島ら2)が軽症の摂食嚥下障害者に対する嚥下移行食としての凍結含浸やわらか食の適応性を検討したところ、従来の嚥下移行食注)と比較して飲み込みやすく安全な食品であると結論しています。
更なる医学的知見の蓄積が必要だと思いますが、凍結含浸やわらか食の可能性を示すものと考えられます。
食事は味やにおいも大事ですが、やはり見た目が食欲をそそるということも非常に重要な要素です。
広島県の調査では、凍結含浸食品販売額が平成30年度では平成22年度の約25倍に伸びており、年々利用が広がってきているそうです。
凍結含浸法に興味がある方は、凍結含浸法についての情報が掲載されている広島県のホームページ(https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/tg/)を是非ご覧ください。
そのサイトから凍結含浸法について詳しく解説されている「凍結含浸法ガイドブック(第5版)」も手に入れることができます。
注)やわらかい刻んだ素材にとろみのある調味液を和えた比較的水分の多い食事
【 参考文献】
1)永井崇裕,福馬敬紘,中津沙弥香,柴田賢哉,坂本宏司:凍結含浸処理した魚介類の軟化と筋肉タンパク質の変化,日水誌,77:402-408, 2011.
2)藤島一郎,重松孝,金沢英哲,西村立,長尾菜緒,大塚純子,中津沙弥香,柴田賢哉,若﨑由香,渡邊弥生,梶原良,坂本宏司:凍結含浸法による形状保持軟化調理食品の嚥下移行食としての適応性,日摂食嚥下リハ会誌,22:97-107,2018.